2011年11月27日日曜日

先人の残した汚点

福島県は国内で稼動していた原発50数基のうちの約2割にあたる10基がある原発立地県でした。今このような事故が起こり、いつかは起こるかもしれないリスクと隣り合わせにいた事を日常は忘れて生活をしていました。戦後の昭和30年代頃から国の政策として資源に少ない日本を世界の中で競争していくには原子力しかないとして福島県選出の国会議員、当時の県知事らが誘致した経過があります。当然反対も多かったと思います。企業の誘致は大きな産業のない所では雇用の創出や地域経済を潤す大きな効果があり、地元の市町村には交付金などの形で経済的な恩恵もありました。今回、校庭の表土を剥いだ土の置き場に困り東京の電気を使って恩恵を受けていた家庭や事業所に宅配しておすそ分けをして、苦しみを分かち合えばいいと発言した人もいましたがリスクと裏腹に交付金(税金)の形で経済的に潤っていたのは県内で一番裕福だった大熊町や双葉町だったのも事実です。東電で多くの人達が働いていたのが事故によって失職状態になりました。今回、このような事故を起こして今でも数万人が故郷を捨て避難生活で苦しんでいる姿をかつて誘致に尽力した先人政治家達は草葉のかげでこの現実を何を思い見つめているのでしょうか。

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