2011年4月25日月曜日

放射性物質と農業に関する講演会開催

昨日(4月24日)市内のホテルで「放射性物質の農耕地への影響と問題点」と題して、学習院大理学部村松康行教授の講演が開催されました。県の主催で農業関係者が対象で約400名が参加しました。簡単に概要をご紹介すると、
①冷戦時代米ソの核実験が行われた1,950年から60年代は大気中の放射性物質が非常に高かった.(現在の比ではない)
日常、周囲には放射性物質は多く、蛍光塗料、トンネル内、石の建物、飛行機内などでは高い放射線を受けている。
②今回原発事故で放出された放射線のうちキセノンは揮発性なので問題なく、ヨウ素は40日後は1,000分の一にまでなるので問題ない。半減期29年のストロンチウムはごく微量なので問題は無い。セシウム137は半減期が30年と長く県内140地点の調査では9~29,000ベクレルと差があり(事故以前は200以下)高い場所でのロータリーなどの土壌攪拌は避ける。少ない地点では攪拌して濃度を低くしたほうが良い。
③土に含まれるセシウムの濃度に対する作物が吸収する濃度(移行係数)はIAEAで出している数値は作物により異なり平均で穀物0.03、葉菜0.06、果菜0.02、根菜0.04とすべて0.1以下である。(ちなみに、今回日本が水稲耕作可能数値は土壌5,000ベクレル/Kで0.1とみて500ベクレル以下としています)
④この対策として、値の低い地点ではすき込みや天地返しなどで土壌の濃度を低くする。高い地点では表土を除去する。ヒマワリ、菜種などは放射性物質を吸収しやすく種子までは移行しないのでこれらの作付けをする。ゼオライトは放射性物質を吸着し作物の吸収を抑える。セシウムはカリと似た性質があるのでカリ肥料を施すことにより土中の濃度が薄まる。
などでした。
終わりに、県農業総合センターの門間所長から今後の取り組みについて、つくばにある文献を収集、県内の農作物のモニタリングの調査、作物の放射性物質の吸収抑制技術の開発の確立を急いで行うとのお話がありました。
いずれにしてもこれは私達に急に降って湧いたような事象です。少々長く付き合っていかねばならないかもしれません。日本でははじめてのケースです。
放射線に対する正しい理解、生産者と消費者とのネットワーク作りがこれから大切と感じました。

2011年4月22日金曜日

いま、私の果樹園では・・・・・

不安を抱えながらも私の桃園では今年の作業が始まっています。摘蕾(てきらい)の作業です。前年に樹体に蓄えた貯蔵養分を無駄なく有効に開花、実止まり、幼果の生育に使うために、又甘くて大きな桃を生産するために大切な作業のひとつです。
全国の市場からは是非、今年も福島の桃が欲しいと市場担当者はお見舞いかたがた、来福しています。しかし、生産者が心配しているのは全国の消費者の皆さんが、国の暫定値が示され安全が証明されるとは思いますが、果たしてどれだけ購入していただけるのかという心配です。福島のくだものは間もなくサクランボを皮切りに桃の出荷へと移っていきます。
これだけ毎日原発事故の報道がなされ、放射線汚染の問題がクローズアップされる中、風評被害がどれだけ払拭できるのか。心配のタネはつきません。
自分の意に反しながらも国の指示に従い、避難生活を余儀なくされた方達へのつくば市の対応を見るにつけ血も涙もない恥ずかしい日本人の姿に悲しくなりました。科学的にも無知な役所の対応にあきれました。
被災地を助けたいとのきれいごととは裏腹に自分たちだけは守りたいとの人間の本音の奥の部分をかいま見る思いをしました。
ふくしまの桃生産者はいま、不安を抱えながらも、おいしい桃の生産を目指して懸命に作業を進めています。

2011年4月19日火曜日

県内の緊急放射線量調査結果公表

福島県では4月12日から15日まで福島原発の20キロ圏外の県内全域2,557ヶ所の放射線量を調査、その内県北、県中を中心に827地点を公表しました。毎時10マイクロシーベルトを超えたのは川俣の山木屋地区の1地点だけで比較的高いのが伊達市霊山町、福島市では南向台、新浜公園、信夫山南東面、旧市内が2~6とやや高かった。飯坂、松川、荒井など盆地周辺部は0.5~1.5で線量の値は低かった。3月15日の2号機建屋の水素爆発による大量の放射性物質の放出が南東の風で同心円状ではなく北西方向に拡散されて浪江町、飯舘村、伊達市の一部、川俣町の一部にまで計画的避難区域が広がったと考えられます。一方で距離的には近くとも田村市,川内村、いわき市などはここには含まれてはおりません。
今まで、避難区域とされた20キロ圏内と自主避難とされた30キロ圏内の避難所などに入所している人数は約5万6千人を超えていると発表されました。さらに、計画的避難区域の人達を含めると膨大な数に上ります、昨日原発事故の収束には6ヶ月から9ヶ月と東電から示されましたので長い避難生活になりそうです。避難者の中にはすぐに戻れるものと思い地震の被害をそのままにして、自宅に鍵もかけずに来た人達も多いと聞いています。これほどの長期戦になるとは誰も想像してもいなかったと思います。わかっていたのは東電と政府の一部の人達だったかも知れません。

2011年4月16日土曜日

風評被害ーその③-

今回の震災にあった日本人は冷静で連帯感があり秩序正しい姿に各国は一様に感銘と驚きの反応です。神戸の震災でも同様なことが言われた記憶があります。あの中国でさえ日本を絶賛しこれは日本の教育にあると日本を尊敬し見習わなければならないと報じておりました。
それはともかく、震災から一ヶ月、大動脈の仙台空港や東北新幹線が開通と明るいニュースの兆しもあります。
風評被害は農水産物ばかりでなく観光業や工業製品にまで及んでいます。
この解決には何よりも原発事故の一刻も早い終息しかありません。
出荷制限を受けた食品は食品衛生法によりスーパーの店頭から撤去せねばなりません。あるバイヤーによると店にあるものは本当に安全なのかとの問い合わせの他に風評被害に遭っている野菜などを購入できないか、国の対応に不満を口にし、被災地、窮状に置かれている生産者を助けたいとの声も多く聴くのだそうです。
現在流通しているものは実は皆、安全なものばかりのはずです。被災地の産品を消費していただくことが支援につながり復興につながることと思っています。いま被災地を応援しようとの輪が広がっていることは有難く心強いことですが、一方、原発周辺から移動した人や物までありもしない放射線に汚染されているかのような行動や態度をされたとのお話を聞くととても悲しく「同じ人間なのか!!」と怒りたくなります。
長い道のりになるかもしれませんが被災地は行政などと一緒に需要の拡大、復興、復旧に共に
歩んで行くしかないと思っています。

2011年4月13日水曜日

風評被害-その②-


大震災より一ヶ月、あっという間に過ぎた感じがします。震度6クラスの余震が続き多くの人達はまだ怯えています。
津波で行方不明者の捜索に携わった方から、お母さんが自分の子供を抱いたままや、お兄ちゃんが妹をかばっている姿で見つかったお話を聴き涙を流してしまいました。
電気も水道も燃料もストップ、スーパーにも食品が無く、車のガソリン補給には5時間も並びました。今では元の生活に戻りましたが日々大きくなるのが原発事故の影響です。当初から心配されていた事が次々と現実となり周辺住民の避難に始まり、農産物、土壌、海洋汚染と環境汚染は広がっています。国の暫定基準を超えた農産物は出荷停止となり、郡山に住む私の娘たち家族も小学生の子供がいるのでとても敏感になっています。
過日、大阪の知り合いの射手矢農場から沢山のキャベツをお送りいただきました。近所の人達にもおすそ分けをして喜ばれました。娘達も近所の子供たちを集めてお好み焼きパーテイーを開いたそうです。
戦後は私達、団塊の世代が経済大国日本を支えてきました。私達のこの孫の世代がこれからの震災後の日本を築いていってくれるものと信じています。
次回のブログにもまた風評被害について書いていきます。

2011年4月11日月曜日

風評被害ーその①-

先日、原発事故の私のブログを読んだある方から是非この方のお話を聴いてみて下さいとのご紹介がありました。東大大学院の稲恭宏(いなやすひろ)博士の講演です。1話から6話までありユーチューブのサイトで聴く事ができます。免疫学ご専門の立場からの内容で一部を簡単にご紹介しますと、
①今回の福島原発事故で国の暫定値を超えた野菜,原乳、水などの摂取は全く問題になる値ではなく、むしろ体にとっては良い程度のレベルにある事。
②人体に害になるのはチェルノブイリ事故や原爆による被爆の場合の高線量率放射線の場合で今回のような1,000ミリマイクロシーベルト/h以下の放射線療法に使う低線量率放射線は全く人体には害がない。
③世界中の各地には放射線の強い地点が各所にありそこに住む人の腎臓、肝臓、骨格が丈夫になり免疫性が強くなりインフルエンザ、花粉症、家畜の口蹄疫が無く、寿命も長くなる傾向になる。
その他、人体からも7,000ベクレルの放射線を出し続けていることも知りませんでした。
福島原発は毒ガス工場のように思われている方も多く誤解を解くためにも是非一度この講演を聴いてみて下さい。
去る3月には福島市でも長崎大の山下教授、高村教授の講演会が行われ、同様にヨウ素など飲用するレベルでは無く安心して生活して良いと云う内容のお話でした。
今回の事故で放射線については行政や報道関係者、多くの国民も勉強不足の方々が多く、数値が多くの人達を不安がらせています。
見えない被害だけに正しい情報を提供していくこともマスコミの大切な責任と思われます。

2011年4月8日金曜日

県内農用地土壌調査を発表

今回の原発事故による放射性物質の土壌汚染実態を把握するために県内の70地点から採取された調査結果が昨日発表されました。実態がわかるまで定植、耕運、除草を自粛するように県当局から伝えられておりました。大部分の市町村は自粛解除となりましたがセシウムの値が特に高かった7市町村の一部が再調査となりました。私達の福島市は自粛解除となり昨日JAの広報車で広報をしておりました。調査内容を見ると県内で最も値の低い西会津町の乾土1キログラム当たり42ベクレル、最も高かったのが飯舘村の15,031ベクレルとその差が大きい。福島市の樹園地で1,896ベクレルでした。しかし国にもこの基準がなく近く国での設定を待って県として作付けの可否を判断するとの事です。安心して営農できる日が1日でも早く来て欲しいです。

2011年4月6日水曜日

多くの皆様のお見舞い、激励に感謝

今回の震災で多くの方々よりお見舞いと激励の電話、メール、FAX,お手紙などを頂き本当に有難うございました。北海道、福岡、山口、鳥取、広島、徳島、大阪、滋賀、静岡と全国からご心配をいただきました。放射線で福島の野菜が汚染されたとの報道で150キロのキャベツをお送りしていただいた野菜農家もありただただ感謝の気持で一杯です。家、家族、ふるさとを無くした人達が沢山いるのに・・・・ニュースを見るたび涙が出てしまいます。普段に近い生活に戻れた私達はまだ幸せです。
私がジュース加工を依頼しておりました宮城県のワイナリーも自宅も工場も津波で全壊し家族は全員流され奥様だけが生き残りました。私がお願いしていた約3,000本分のジュースも全部流されてしまいました。これが現実だとしみじみ思いました。いつもお付き合いいただいてた女川出島漁協の組合長さんともいまだに連絡が取れません。報道によると残ったのは数軒との事で島は壊滅とのことです。
また、福島原発事故では原発から1.5キロと数キロ離れた大熊町でなし作りをしていた先輩仲間が会津只見と須賀川で家族ぐるみでの避難生活を余儀なくされています。これもとても悲しいことです。早く事故が終息して一刻も早くふるさとに戻り元の生活に戻れることを心よりお祈りしております。

2011年4月4日月曜日

ハウス桃栽培の今


大震災直後に満開状態のハウスの桃が燃料不足状態の中、実どまりが解りまずは一安心です。
地震の直後は停電状態で翌朝0度Cまで下がりましたがかろうじて助かりました。
その後半月ほど経過して今、小豆つぶ大にまでになりました。
福島市の桃の先陣を切ってここ15年の間最初に出荷してきましたので今年も少し遅れると思いますが5月中下旬には出荷できると予想しています。
ハウス内で栽培してきているので放射線に汚染されていることはないとは思っていますが今問題が大きいので安全の確証を取り付けていくつもりです。

加温ハウス桃の生育

平年よりも半月ほど遅れて始まった今年のハウス桃栽培ですが大震災のあった3月11日にはハウス内の桃の花はほぼ満開の状態でした。
震災当日は停電となりもしかして全滅かと心配して翌日ハウス内の最低気温を確認すると0度Cでしたのでかろうじて助かりました。その後最低設定温度を2度Cにして燃料をの節約に努めてきました。